野暮天堂

旅は道連れ、世は情け

【掌編小説♯1】路地裏のトマト

こんにちは、帆村です。

今回は自作の掌編小説を載せようと思います。

これから定期的に小説の投稿をするかもしれません。

他のブログでやろうと思っていたのですが、やはり一本化した方がいいと思い、こちらのブログに投稿させて頂くことにしました。

もし興味を持っていただけたら幸いです。

書き手としてはかなり未熟なのですが、よろしくお願いします。

それでは、もし読んでいただける方は以下をどうぞ。

 

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「路地裏のトマト」    帆村仁

 

 久しぶりの休暇。といっても、なにか予定があるわけでも無く、わたしは暇を持てあましていた。こんなとき、友人と軽くランチでもできるなら幸せなのだけれど、あいにく東京に越してきてから懇意にしている友人はいなかった。会社の同僚とも、飲み会があれば参加する程度の仲。結果、休日はいつも一人で過ごすことになっていた。
 今日もこのまま寝て過ごそうか。そうも考えた。しかし窓から見えるのは絶好の秋晴れ。これは外に出ないともったいないぞ、という気にさせられる。
 わたしは外に出ることにした。適当な服に着替えて、ついでに洗濯物を干して、玄関のドアを開けた。途端に、秋の爽やかな空気がわたしを包んだ。
 さて、どこに行こうか。
 わたしはまだ歩いたことのない道を行ってみることにした。
 どんどん景色が新しくなる。それはささやかな感動をわたしにもたらした。
 久しぶりだ。こんな感覚。
 狭い道を歩くと、しばらくして曲がり角にあたった。そこを曲がると、なにやら情緒豊かな、とでも言うべき路地裏に出た。 
 一つ一つの家がなんだか懐かしい雰囲気を醸し出していて、心が躍った。
 そのうちの一軒の軒先で、プランターミニトマトが植えられているのを見つけた。
「わあ、きれいに生ってる」
 赤い赤い小さな実だ。
 わたしがかわいらしいトマトを見つめていると、件の家の中から少年が顔を覗かせた。彼はじっとわたしのことを凝視すると、一言。
「お前、きつねだな」
「え?」と、わたしが言うのと同時に、彼は玄関から飛び出した。
「きつねだ。きつねだ」
 戸惑いを隠せない。少年の発想とはいつも突飛なものだとは思うが、自分がその発想の矢面に立つと、どう対処していいのか分からない。
「わたしはきつねじゃないよ?」
 なるべく優しい声を出した。少年を怖がらせないため、というより事態を悪化させないための大人の対処といったところだ。
「うそだな。だって頭に葉っぱ、のせてるもん」
 わたしは自分の頭に手をのっけた。すると、たしかにわたしの頭には小さな葉っぱがくっついていた。
 これは偶然ついたものなんだよ、風のいたずらだよ、と言っても少年は納得できない様子だった。少年はわたしの手を取り、「それならおばあちゃんに見てもらおう」と言うと、わたしを強引に家の中に招き入れた。
 居間にわたしをとおすと、少年は台所にいる彼の祖母に大声で言った。
「おばあちゃん。きつねをつかまえた」
 だから、きつねじゃないって。わたしは何故か自分の顔が火照るのを感じた。こうなると、少年の遊びに自分が付き合っている気になってくる。いわば、わたしは少年の共犯者だ。
 おばあちゃんが台所から姿をあらわした。彼女はわたしを見てにっこりと微笑むと、
「あらあら、かわいいきつねさんだこと」
 と言った。なにも、かわいいところなんてございません。そう思いながら、ひたすら恐縮したふうに頭をぺこぺこ下げた。
 少年はわたしの方を見ると、にかっと笑って居間の卓袱台の前に座った。おばあちゃんは、再度台所に入った。少年がわたしにも座れと言う。しかたがないので、わたしも座ることにした。
 部屋の中を見渡すと、これまた懐かしい雰囲気のものばかり。ブラウン管のテレビ、将棋盤、鏡に布をかぶせた化粧台、卓袱台の上の菓子盆。すべてが何十年か前の実家の景色を見ているようだった。不思議に落ち着いた気分になっていた。
 しばらくすると、おばあちゃんが台所から出てきた。お盆には、小さなどんぶりがのっかっていた。
「さあ、きつねさんも召し上がれ」
 そう言うと、おばあちゃんはどんぶりを少年とわたしの前に差し出した。
 どんぶりの中に入っているのは、ポテトサラダだった。傍らに、トマトが添えられている。きっとわたしが軒先で見たトマトを収穫したのだろう。
 少年が「いただきます」と言って、いきおいよく食べ始める。どうしたものかと躊躇していると、お腹の虫がぐうっと鳴った。その音を聞いて、少年がむほほ、と変な声で笑った。そういえば、朝も昼も食べていなかったのだ。
「どうぞ、召し上がれ」
 おばあちゃんがあまりにもにこやかにそう言うので、わたしはついつい目の前のポテトサラダに箸をのばした。
 口の中いっぱいにまろやかな味が広がる。
「おいしい!」
 わたしのそんな言葉を聞いて、おばあちゃんはにっこりと微笑んだ。
 ものの五分もしないうちに、完食した。
「おいしかった?」
 少年が目を大きくさせて聞いてきた。
「おいしかった。すっごくおいしかったよ」
 懐かしい空間で食べる懐かしい味。それは、おいしいに決まっていた。
 
 玄関で少年が少し不満そうな顔をしている。
「きつねさんはお腹がいっぱいになったから帰るって」
 おばあちゃんが少年にそう言った。少年はおばあちゃんの顔とわたしの顔を交互に見て、うつむいた。おばあちゃんは少年の頭を撫でると、わたしに言った。
「もしよかったら、また遊びに来なね」
 にっこりと笑った。わたしも満面の笑みをおばあちゃんと少年に向けた。
 玄関の扉にてをかけると、少年が「またね」と言った。わたしも「またね」と言うと、扉を開けて、外に出た。
 すると、外は小雨がふっていた。しかし、太陽は出ている。空は綺麗な茜色に染まっていた。
――きつねの嫁入り、か。
 そうつぶやいて、後ろを振り返った。わたしは驚いた。そこには真っ白なコンクリートの壁があるだけだった。さきほどお邪魔した家の玄関はどこにも無い。
 ただただコンクリの壁の前で呆然としていると、自転車に乗った老人がわたしのそばを通り過ぎた。そして、口をあんぐりと開けた情けない姿のわたしを見ると、「ああ」と納得したように笑った。
「あんた、きつねに化かされたね」

 東京にもきつねはいるらしい。彼らはひっそり生きている。そしてときたま、人を化かすそうだ。しかし、そんないたずらをするのは子供のきつねに限られる。彼らは人との境界線を曖昧に保ち、人が忘れ去った過去の空間を味わいながら、暮らしているのだそうだ。