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野暮天堂

旅は道連れ、世は情け

五月雨探検隊 「結成の巻」

 

 「五月病」という病がある。

 五月の連休過ぎあたりから発症する人間が多いらしい。つまるところ、新しい環境への適応不全から起こる病らしい。

 この時期の学生はよく、「おれ、五月病だわ」という口癖を身につける。そして、よく口にする。五月病は都合良く使われやすい。

 

 ここにもまた、「五月病」にかかった者がいた。

 

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「ひまだなあ」

 

 真田希里子(さなだきりこ)という名の学生だ。

 希里子はこの四月に高校生になったばかりだが、どこの部活からも勧誘されることなく一ヶ月が過ぎ、いよいよ「自分は帰宅部として高校生活を終えるのだろうな」という達観にも似た境地に至ろうとしていた。

 

 

 そしてまた、彼女の隣にいる人間も五月病患者なのである。しかし、希里子と違うところは彼女の場合、もうすでに年がら年中五月病ということである。つまり、もう末期なのである。

 

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「ひまであるが、それは普通だ」

 

 稲田椎奈(いなだしいな)という学生だ。彼女もまた、希里子と同じ学校に通いながら帰宅部終身名誉監督への道を歩もうとする者である。

 

 

 

 五月に入り、春の陽気はその度合いをめっきり高め、日は著しく高くなり、衣替えはまだか!! 悪い子はいねが!! とばかりに暑い日が続いていた。夏日だと? ふざけるな。学生もサラリーマンも嘆息しながら弱冷房車に揺られながら、一時の涼を感じる日々。そんな日常を過ごした夕方、彼女らは地元の公園でだべっていた。

 

「ひまであるというのは、普通ではないと思うよ。特にわたしら学生は、もっと忙しくしているのが普通だと思うんだ。抑えようとしても自然と湧き出るエネルギーが骨格を振るわして、甲高い雄叫びを高鳴らせるというのが普通だと思うんだ。ねえ、スターバックスに行ったことある?」

 

 と、希里子が言った。

 さも興味は無いというようなそぶりを見せて椎奈が言う。

 

「ない。特別な呪文を唱えないと商品が出てこない場所には行かないことにしているんだ。特にあの場所は高エネルギーを発する場所として認定されている。私の中でね。つまり、あの場所にいるだけでなんだか時間をめいっぱい消費した気にさせられるんだ。つまり、無駄に疲れるので行かない」

 

「行ったことあるんじゃん」

 

「一度だけ」

 

「ずるい」

 

「必要に迫られてね。友達がどうしても、キャラメルなんとかを飲みたいというので行ったのさ。そして私は恥をかいた。なんでエスとかエムがないんだか」

 

「あれだよね。とりあえず、グラビガと唱えればいいんだよね。一番でかいのが出てくるから」

 

「違うよ。グランデだよ、確か」

 

「なるほど。グランバね」

 

「おばあちゃん?」

 

 

 

 希里子と椎奈はなんでもない会話を続けた。日は高くなったとは言え、さすがに夕方六時を過ぎれば夕日が目に痛いほど輝いていた。橙色の鉄塔が遠くに見えた。そろそろと電灯の明かりが点いた。

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「あれだね。こんな時間までだべっているなんて、私たちは相当暇人だね。そして、幸せ者だね」

 

 椎奈が言った。椎奈にとって、自由な時間を多く浪費できることこそが幸せなのであった。彼女の少ない人生経験上、それは真実なのであった。

 

「ひ、ひまはいくない!!」

 

 突然、希里子が怒鳴った。近くを通り過ぎようとしたいたいけな子猫がびくっと肩をふるわせ、彼女たちの方を見た。猫の姿を見て、彼女たちは和んだ。

 

「ひまはよくないのか?」

 

 椎奈は自分の価値観を揺らがされたような気がして、希里子に訊いた。猫は頭の上に疑問符を掲げたまま、そろそろと彼女たちの前を通り過ぎていった。

 

「だから言ったでしょう? ひまこそは学生が最も敬遠すべき状態。HIMA is  DEAD !! わたしたちはひまをもてあますべきではない。そんなものは退職後のご老人に献上すればいいのだから!!」

 

「いいと思うけどなあ。ひま。HIMA  is  EDEN。つまり楽園だよ。ゆとりは批判されがちだけど、絶対に必要だと思うなあ」

 

「若いときの苦労は買ってでもしろってじいちゃんが言ってたよ」

 

「ひまこそ買うべきものさ。見てご覧なさい、この世の有様を。世のお父さんたちは終電で帰ってこれれば幸い。そして、疲れた体を嫁の愚痴が抱き絡め、自分の下着は娘と一緒に洗ってもらえずいつもなんだか生乾き。心は半生の状態で容赦ない上司からの叱咤を受け、部下からの突き上げを喰らう。そんなお父さんたちの唯一の楽しみは日曜午後の「新婚さんいらっしゃい」……。ひまこそはこの世の疲れた男性諸君が最も望んでいるものなのだよ」

 

「でも、わたしたち学生だし」

 

 椎奈は遠くを見た。今自分が想像したオフィス戦士たちが遠くのビルで蛍光灯の下、ひたすらエンドレスワルツを踊っている様を視た。哀れんではいけない。しかし、哀れまずにはいられなかった。

 

「わたしは、このままでいいなあ」

 

 椎奈が嘆息したが、希里子はベンチから立ち上がり、天に向かって高く拳を上げた。

 

「ここに、『五月雨探検隊』を結成する!」

 

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「なんだ? サミダレたんけんたい?」

 

「そう。わたしたちは探検をするのです。この退屈な日常を楽しむために。面白き無き世を面白くするために!」

 

「それ、高杉晋作だったっけ?」

 

「うん」

 

「で? 活動内容は?」

 

「説明しよう」

 

 五月雨探検隊とは、日常の謎を追いかける活動のことである。

 たとえば、なぜ空は青いのか。夕方になるとオレンジ色になるのか。

 たとえば、木の寿命って何年くらいなのか。

 たとえば、マンホールっていったいぜんたい何なのか。

 そういった些細な疑問を解明しようとする活動なのである。

 と、希里子は語った。

 

 椎奈は疑問を口にした。

 

「それをやって、私たちに何の得がある?」

 

「ひまがつぶせる。それからちょっと賢くなる」

 

「それだけ?」

 

「……スタバに行ける」

 

「え?」

 

「つまりだね。わたしたちは女子高生なわけだ。五月雨探検隊は疑問を解決する活動。つまり専ら頭を突き合わせて考えることがメインになると思うんだ。そして、大事なことだからもう一度言うけど、わたしたちは女子高生。女子高生が頭を突き合わせて話すところと言えば?」

 

「喫茶店?」

 

「そう。つまり、スタバ」

 

「あんた。そんなにスタバ行きたかったの?」

 

「グランバって言ってみたかった」

 

「だから、おばあちゃんじゃないって」

 

 

 こうして、ひまな学生が集まって五月雨探検隊が結成された。彼女たちはどこに向かうのか。これからしばらく、彼女たちの何気ない日常を私たちは見守ろう。そして、彼女たちが抱える些細な疑問を一緒に楽しもう。

 暮れなずむ街の片隅で、カラスは思った。