野暮天堂

旅は道連れ、世は情け

戦前と戦後

常々、生きづらい世の中だよなあ、と思う。こんな世の中を作った張本人は、まぎれもなく日本人だと思うが、どうしてこうなったのだろうか。

 

以前にも同じようなことを書いたけど、やはり戦争でかなり変わった部分はあるかな、と。というか、戦争がきっかけになった、という方がいいかな。たぶん戦前に大事にしていた文化とか精神性……「あり方」のようなものが失われた、というか“失念”したのではないか。

 

先の大戦で、日本は負け、いろいろなものを失い、実際GHQによってさまざまな制度も変えられた。それはそれとして大きいと思うが、とにかく復興するためには物質的な豊かさを手に入れる必要があった。鬼畜米英、とは言ったものの、彼らの生活基準に追いつく必要があった。となれば模倣しかない。というわけで、粛々と「そのときの世界の基準から見て豊かな方向性」へ邁進したと思う。おおむねうまくいった。

 

だが、人として生きる上で大事なのは物質だけではない。心もある。心のあり方まで気が回っていなかったのではないか。まあ、めまぐるしすぎたものなあ。

 

エーリッヒ・フロムの著書に『生きるということ』というのがある。

 

生きるということ

生きるということ

 

 

過去の人間は、「ある」ことに重点を置いていて、現代の人間は「持つ」ことに重点を置いている、と書かれている。なるほどなあ、と思った。そうなのだろうなあ。確信できないのは、過去の世界を知らないからだ。まだまだ本を読めていない。

 

ちょっとずつ変わりはじめているのかな、と思うが、まあバブル期なんて典型で、どれだけ多く「持つ」ことができているか、に人の価値観の軸があったのだろうなあ、と。というか、一般的大衆の価値観の軸、か。みんながみんな、そうだったわけではないだろう。だが、時代全体の雰囲気はあったように思う。車、家を持っているか。家庭を持っているか。年収はいくらだ。そういった「持つ」ことで人生の価値を決めようとしていた。持たざるものには価値なし、とでも言いたげだ。

 

時代は移ろったけど、まだまだ「持つ」意識は根強いように思う。まあ、基準としてはシンプルだしわかりやすい。劣等感を持つものにとってみれば、うまく多くのものを「持つ」ことができれば優越感も得られるだろうし。だが、そんなことは本当の安心ではないように思うけど。

 

戦前の日本人のあり方は、現代とは違っていたように思う。たぶん、もっと「ある」ことに重点を置いていたのではないかな。もう少し自分の心の状態とか、精神性とか知性とか、そういったものに重点を置いていたのではないか、と不勉強な僕は想像している。

 

しかし戦争があり、前述の経緯で、全くゼロになってしまったか、それとも失念しているだけで、思い出せるのか。後者なら、まだ救いがあるなあ。前者なら、それこそいちから出直しというわけで、まったくもって大変だ。

 

戦前にあった思想のようなものが、戦後に失われたように思う。思想というと、社会思想とか保守思想とか、なんだか政治臭のようなものが漂うもののように思うが、ここでいう思想はもっと別のものだ。

たとえばそれぞれの家族にそれぞれのルールというか暗黙の了解があるように思う。全体として調和するために。家族全員で食卓を囲もうとか、ご飯のときにはスマホは禁止とか、初詣にはあの神社にお参りに行くとか、なにか嬉しいことがあったときはあの店でご飯を食べてお祝いするとか、そういった諸々の決めごと。それは経験則から導き出され、そうしておけばなんとかなる、と皆が諒解しているから維持される。特殊なものだが、家族にとっては今更再確認するほどのことではない。が、なくなるとかなりまずい。

そういった類いのものが、国家にもあったのではないか。そう考えている。

 

教育や社会をどういうものにするか、その底にあるのは思想だと思う。我が国はこうする。我が民族はこうありたい。そういったものは、おそらく長い年月をかけ、歴史のなかで醸成されたものだろう。失敗や成功から、ひとつひとつ教訓を導き、受け伝え、文化などのなかに溶け込んでいった。それはもはや当たり前のことで、ことさら再認識すべきことではなかっただろうな。あれだけの戦争さえなかったら。

で、焼け野原になり、ものを求めざるを得なくなり、実際物質的には潤沢になったけど、あったはずの思想はどこにも見当たらない。それが戦後の日本の弱点かなあ、と思う。

 

いざデフレだ、安全保障だ、となると「さてどうしたものか」となる。ここで、ご先祖様から受け継がれてきた脈々とした一種の思想でも取りだし、とりあえずそれを頼りに考えてみるか、となるのが普通だが、戦後の日本にはそういったものはあったのだろうか?僕は不勉強なのでわからないのだが、なかったんかもなあ、といまは思っている。

 

じゃあどうするか?

①新しくそれらしきものを作る

②いまあるものを持ち寄り、再構築してみる

③もう思想はいらん

 

①はかなり大変そう。③は、かなり勇敢な選択。でも、僕は②かなあ。ちょうど民俗学にも興味を持っているし、日本の文化にも興味があるしなあ。

 

そういえば、先日法政大学出版のものと人間の文化史シリーズ『染織』を買った。『藍』もかなり読みやすくて面白そうだったけど、とりあえず『染織』にしておいた。

 

染織 (ものと人間の文化史)

染織 (ものと人間の文化史)

 

 

このような本を読みながら、今一度日本の文化、そこに隠れている過去の日本人の「あり方」について考えてみるのもいいかな、と思っている。

 

さて、どうなるかなあ。なにか得られるものがあるといいけど。

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