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野暮天堂

旅は道連れ、世は情け

記憶と自信

記憶とは、事実の羅列ではないと思う。自分のフィルターが拾った印象というピースの寄せ集めなのだろう、と。

 

僕はずっと自分に自信がなかった。積極的とすらいえるほど、自分を否定していた時期もある。そういった状態で培った「自分フィルター」のようなものがあり、そのフィルターを透過してこちらに入ってくる情報を集めていたのだろう。よって自分を否定する情報ばかり集めていたように思う。それが時を経て、「自分」という一種のストーリーを形作った。

 

いくら「あなたはすてきな人よ」と言われても、自分が納得できなければ駄目なのだろう。頑強に建設した「自分」という印象を、もう一度作り替えないといけない。自己に関して客観的になるとは、この世の中においてひときわ困難な行為のひとつだろう。

 

「自信を持て」という言葉がほとんど効果を持たないのはこういうことだろう。

人に言われても仕方がない。おそらく、自分が自覚を持ち、なにかしらの行為を積み重ね、新しい記憶を作らないといけないのだ。そうしてはじめて、「自分から見た自分」が変わる気がする。

 

行動でしか変わらないだろう。

感情をいくらいじっろうとしても、変わらない。

自覚的行動の積み重ねによる道のりを歩むしか、ないのだろう。

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