野暮天堂

旅は道連れ、世は情け

雪は綺麗で厄介で

11月だというのに、雪が降っていた。白銀の世界……などという表現を用いれば、一気に文章がくさくなることうけあいだが、それでも真っ白な眼前の光景は壮観でもある。そこで、思い出したことがある。日常には、地味に大変な状況がおとずれることがあるということだ。

 

ずっと昔、僕も学生だった。そして、ご多分に漏れず、大学受験をしたわけだが、一度は落ち、浪人生になった。あれは、たしかその頃の記憶だ。

センター試験の日に、なぜか雪が降ることが多い。その日も、雪が降った。センター試験は二日間あって、僕は一応国公立受験生でもあったので、二日間参戦した。

 

まだ、一日目はよかった。雪は降ったばかりで新鮮で、まあ、足跡つけるくらいで転ぶ心配はない。ふかふか、ふかふか。童心がよみがえる思いで、雪を踏みしめていったものだ。ゆったりと階段を上ったりしながら、受験地である大学を目指した。無事到着し、受験。久々に再会した小学校時代の友人に気を使われながら、過ごした受験後のロッテリアの思い出。あったかいところにいると、手のかじかんだ感触を実感するものだったりして……と、平和に時は過ぎた。

 

二日目の朝、「これはまずいぞ」という予感。翌日は曇り。雪は降っていない。それでほっと一安心?いやいや、皆様ご存知のとおり、やつは凍るのです。こっちんこっちんに凍るのです。あの頃僕の足にスタッドレスがついていれば……!!

 

「思えば、現役の頃も同じ思いをしたなあ……つるつるの氷の上を歩く苦行を!!」とかいうことを思った。

見事に凍り付いた地面。現役の頃は、受験地までは平坦な道のりだったからよかった。それが今度は……やけに坂道が多い。階段が多い。つるちゅるに凍った階段を上ったことがありますか?すごいんですよね、あれは。一般的なスニーカーでは太刀打ちできない。かといって、受験生がピックなどを持ってこようか。否であります。あのときほど、足裏に鋭利な金属をつけてえ!!と思ったことはない。

 

受験地の前には、長い階段があった。そこが、受験生にとって難攻不落の関門となってしまっていた。手すりを使い、なんとかかんとか登ってみるものの、なかなか手強い。迫る受験予定時間。しかし、ゆっくり歩かねば転び、振り出しに戻る。いや、受験そのものがおじゃんになる可能性さえある。骨折の危機。

 

「地味にすごい」ならぬ「地味にやばい」。僕は心の中で、「やばいよやばいよ」と出川のてっちゃんのように叫んでいた。僕だけではない、複数の受験生が同じように思っていただろう。つるつる滑りながら。

なるほど、これは道路の補整作業が必要だぞ、と思ったのだが、もしや受験の監督員も気づいていないか、気づいていてもどうしようもないのか?そんな危惧をいだいた。

なんとか、自力でやるしかない……!!

えっちらおっちら登っていった。あれだけ地味に雪と格闘した思い出はない。あのとき僕らは戦士だった。雪と戦い闘志には自信があった。「このつるつる野郎……!!」

 

無事怪我をしないで登ることに成功したが、あそこで脱落した者がもしやいたのではないか、と今になって思う。そんなことはなかっただろうと思いたいが。

 

さきほど夕飯の買い物に出掛けたら、子供達がはしゃぎ回っていた。童心を刺激する雪。猫は目を丸くして窓から雪景色を見ていた。近所の奥さんは、シャベルを持ってどっこいしょ、だったそうだが、その話を聞いた母親は「明日になればすっかり溶けているだろう」と楽観していた。

 

雪は綺麗で厄介で、それでも無くなったらきっと悲しくなってしまうものだった。